ターナー色彩株式会社

 
みづゑのイラストレーターとして歩みはじめた瀬藤優さんの初仕事。それは、装丁のためのイラストレーション。数々のエディトリアルデザインを手がける本誌アートディレクターのセキユリヲさんと瀬藤さんが何度も話をしながらつくり上げたのが「みづゑ叢書そうしょ」。夏目漱石、森鏗外、永井荷風といった文豪たちの小説が、少女の手にもしっくり馴染む、そんな新たな装いに。この「みづゑ叢書」の誕生は、まだ誌上だけの空想の話。けれど、いつの日かきっと、本屋さんに並ぶことを夢見つつ。
撮影=村上圭一 取材・文=來嶋路子
 
 

今回、装丁する本は、日本近代文学よりセレクト。誰もが一度は目にしたことがある夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』。そして、瀬藤さんの愛読書のひとつ永井荷風の日記『断腸亭日乗』。もう一冊、森鏗外『ながし』は、みづゑの創始者である水彩画家の大下藤次郎がモデルとなった短編小説。これまで多くの本が刊行されている、ベーシックなテーマをどう描く? この3冊のために瀬藤さんが描いた絵は、なんと15枚以上!

イラストレーションをどうやって文字とからめていくのか。「内容のクラシカルな雰囲気もありつつ、新しさと軽やかさを感じさせたかった」というセキさん。タイトルは手描きを生かしたデザインに。瀬藤さんのタッチに合うかどうか、つくった文字を切って、イラストレーションにのせて確認を。
  右は本誌アートディレクターのセキユリさん。左は第1回みづゑ賞「イラストレーション部門」で大賞に輝いた瀬藤優さん。大賞受賞者には1年間、記事のさまざまな場面に登場してもらうのがみづゑ賞の大きな目的のひとつ。今回は、新人の瀬藤さんのさらなる飛躍を願って、装丁のイラストレーションに挑んでもらった。
瀬藤さんのイラストレーションを一枚一枚見たセキさんが一言。「『吾輩ハ猫デアル』だからといって、猫を描けばいいという訳でもないから、装丁は難しいよね」。そんな中、とくに気に入った作品は、畳、ちゃぶ台、座布団を独特の構図で描いた一点(右下)。また、『ながし』の表紙となったのは、明治神宮のスケッチから。セキさんが「いいじゃん!」と声を上げた作品(右上)。
 
 
アルバイトを終えた瀬藤さんが、大きな袋を抱えて現れたのは、日が少し傾きはじめた時刻のことだった。絵を見せるために、セキさんの仕事場にやってきた瀬藤さんは、うつむきながら作品を出し、小さな声で話しはじめた。「まずは永井荷風です。日乗という言葉から、日々が過ぎていく感じを描いてみました」。セキさんは軽くうなずきながら「ほかのも全部見せてくれる?」と一言。床には、3つの本のためのイラストレーションがところせましと並べられた。それをジッと眺めるセキさん。少しの沈黙が、この日はとても長く感じられる。

「『吾輩ハ猫デアル』はこの絵にしよう」、やがて指をさしセキさんは語った。それは、和室を上から眺めたような構図で、猫の手らしきものが下からチョロリと出た一枚。「より抽象的な表現の方が合ってるね。ちゃぶ台や座布団を大胆に切っちゃうところとか、とらえかたが面白い。あと『断腸亭日乗』は、この絵がいいかな?」。2枚の候補が選ばれたが、『ながし』の絵だけが決まらない。首をかしげるその様子を見て、瀬藤さんはさらに数枚の絵を床に広げはじめた。「これは、何かテーマがあって描いたわけではないんですが…」。

すると、「いいじゃん!」とすかさずセキさん。「そこはかとなくいい。最初の方に描いた絵はどこか窮屈。瀬藤さんのよさは、こうやってのびのびとしているところだよ」。パッと表情が明るくなった瀬藤さん、今日はじめての笑顔がこぼれた。

外はすっかり暗くなり、寒さが一層厳しさを増していた。セキさんの仕事場からの帰り道、あの絵が描けた秘密を瀬藤さんはそっと教えてくれた。「いまはこの仕事にひとつひとつ馴れていく段階、だから必死です。でも描くときは仕事ということを意識しすぎないようにと思っていて。あの絵は、明治神宮の芝生で小一時間ぼんやりしながらスケッチした絵がもとになっていたんです。描いて楽しいと感じられれば、その波動は伝わる。セキさんが選んでくれたのは、やっぱり一番楽しく描けた絵、なんですね」。
 

指で着彩をするのが瀬藤さんの描きかた。色鉛筆で描いた線の上から、色を大胆にのせていく。今回使った絵具は、ターナーアクリルガッシュの新製品「アーティストカラー」。

「アーティストカラー」の使い心地をたずねると、「指で描いたタッチが際立つのがいいですね」と瀬藤さん。落ち着いたやわらかい色が豊富なところも魅力という。

指で描くきっかけは、MAYA MAXXさん、荒井良二さんの影響と瀬藤さん。「ふたりの描く姿を見て勇気をもらいました。自由でいいんだと分かったとき、気持ちよく描けて」。

「冬の一日を描いてみました」。小春日和となった日、やわらかな日射しが差し込む部屋で、描き上げた一枚。春の訪れをいまかいまかと待ちわびて、花は青空を見上げていた。
昨年、9〜10月にかけて公募したみづゑ賞。「イラストレーション部門」の審査員は、画家のMAYA MAXXさん、セキユリヲさん、みづゑ編集長。応募者1042人の中から大賞となったのが、瀬藤さんだった。瀬藤さんは1976年生まれの29歳。3年ほど前に絵を描くことを決意、現在アルバイトをしながら制作を続けている。フランス語を勉強したり、寄席に行ったり、趣味は多彩。
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