ターナー色彩株式会社

   
美術手帖2014年7月
平川恒太
平川恒太


杉瀬由希=取材・文
後藤武浩(作品図版除く)=撮影
Text by Yuki Sugise Photo by Takehiro Goto

trinitite-サイパン島同胞臣節を全うす 2013 キャンバスにアクリル絵具、油彩、額縁 197×378cm 撮影=上野則宏

Where is NIRAIKANAI-The white flag girl 2014 
キャンバスにアクリル絵具、米須海岸線で拾った物 
53×45.5cm


galleryラファイエットでの「Where is NIRAIKANAI」シリーズ展示風景

大きな輪っか、小さな輪っか 2008 
パネルにアクリル絵具、油彩、綿布 72.7×60.6cm

作品番号76 どこから来たか、どこへ行く 2013 
キャンバスにアクリル絵具、油彩 96.9×145.4cm 
撮影=髄

制作中の作品。時計にさまざまな黒色を塗り重ね、絵をつくっていく新しい試み

アトリエの様子。窓から光が入り、日中は非常に明るい

山に囲まれた静かなロケーションにアトリエはある。四季折々の草花や土の匂いは、平川を制作活動に没頭させる

することが多い。姿勢が楽になるので、神経をつかう作業に集中しやすくなる
秩父山地の麓に広がる里山のアトリエ。平川恒太は、近年ここで制作に勤しんでいる。四季折々の景色の彩りや、咲きほころんだ花の鮮やかさ、野生の動物の息を呑むような生命力と躍動感。幼い頃からたびたび訪れ過ごしてきたこの地での体験は、独特の色彩やモチーフを生み出し作品の中に息づく。

父は絵画や書にも精通する陶芸家、母は社会福祉に関する仕事に従事する家庭に育った平川は、幼い頃から藤田嗣治や高橋由一など日本の近代画家の作品に親しむ一方で、自己を取り巻く社会の諸問題に興味を深めていく。高校進学を前に絵の道を志し、大学在学中から精力的に個展を開催。社会の成り立ちや歴史との関わりを創作テーマに、さまざまなアプローチで表現を追求してきた。

沖縄で滞在制作した「Where isNIRAIKANAI」シリーズは、現地を幾度となく訪れて丹念に調査して得た知識をもとに、沖縄の歴史を観光者の視点からとらえた作品だ。色という色が溢れ華やぐアクリル画の中に、米須海岸の浜辺で自ら拾い集めた貝殻や流木などの漂流物で兵士の姿を象った絵は、命への慈愛が滲むまなざしで、平和とは何か、本当の楽園はどこにあるのかを問いかける。

「18歳で初めてひめゆりの塔とその資料館を訪れたことは、衝撃的な体験でした。資料館自体がコンセプチュアル・アートのように道筋立ててつくられていることにも驚きましたが、自分が沖縄の歴史について何も知らなかったことがショックだった。そして、いま残しておかないと、もう戦時中の記憶を語ってくれる人がいなくなってしまうと思った。僕はその言葉を語り部として残せるかもしれないぎりぎりの世代でもあるので、戦争の歴史やその記憶を残すために描こうと思ったのです」。

現地の人の目線に同化しようとするのではなく、あくまでよそ者として、その心に浮かんだ形象を描く。それは、この地にいまなお根深く残る戦争の爪痕を、二次体験で言葉を持たない絵画に託し伝えていくことを選んだ、作家としての覚悟と誠意でもあるだろう。

昨年アートアワードトーキョー丸の内で三菱地所賞を受賞した「Trinitite」シリーズも、戦争の歴史をテーマに制作した意欲作だ。「Where is NIRAIKANAI」が史実をもとに手繰り寄せた心象のイメージであるのに対し、「Trinitite」では小磯良平や藤田嗣治らが描いた戦争記録画を黒一色で原寸模写するという新しい試みに挑戦。本来は油彩の古典技法であるグレージングで、微妙に色調の異なる黒色のアクリル絵具を幾層も重ね、光の反射を利用することで、かすかに像を浮かび上がらせる。

「黒という制約を与えることによって、身体性が加わってくる。なぜかというと、黒だけで描くのは、すごく集中しなければできないし、やっぱり困難なんですよ。作者たちが考えた構図のバランスや画面構想、筆使いなどがきちんと自分の体でとらえられないと描けないんです。絵画は色に意識がいきがちですし、表層をなぞって描くこともできるけれど、大家の何に学ばなければいけないのかを考えたときに、黒一色で描くことにいきついた」。

絵画に残された記憶に近づくため、その作品を描いた作家の身体性を辿り、単純な模写なら見逃していたであろう作家ごとの筆跡の違いも忠実に再現。彼らが実際に使用していたものに近い筆を選び、その筆致を追った。

「自分が体験した記憶ではないので、カラフルに描く行為に対して抵抗があったのも黒で描いた理由のひとつ。知識や体の感覚などいろいろなものを黒で重ねていくことによって、見たことのない記憶が厚みをもって見えてくるような絵画を目指しました。自分の作品がひとつの歴史の、いまの僕にとってのリアリティーとして残せるかもしれない。歴史の継承と絵画の継承は、僕の中でつながっているんです」。

「Trinitite」の取り組みは、支持体をキャンバスから掛け時計に変えた「記憶と記録」シリーズへと発展。ガラスに油彩を描いたことにヒントを得た時計の支持体は“時”そのものであり、過去を未来に伝えるというテーマをさらに掘り下げた点が興味深い。この6、7月には江の島に滞在して浜辺を支持体とした制作に臨み、秋にはドイツへの留学も控える。「常に周囲の影響を受けて変化していきたい」と語る平川の、予測のつかない先行きがいまから楽しみだ。
Sakurako Hamaguchi
Kota Hirakawa

1987年埼玉県生まれ。2013年東京芸術大学大学院絵画専攻修士課程修了。主な個展に13年「Trinitite ーけいしょうされぬ記憶と形ー」(Bambinart Gallery、東京)、13年「GOLDEN COMPETITION 2012 大賞者展"水のゆくえ"」(Turner Gallery、東京)、14年「儚き絵画の夢」(Bambinart Gallery、東京)など。グループ展に13年「アートがあればII ー9人のコレクターによる個人コレクションの場合」(東京オペラシティ アートギャラリー、東京)、14年「VOCA展2014」(上野の森美術館、東京)など。主な受賞歴に12年「ゴールデンコンペティション2012」ゴールデン賞、13年「FACE2013 損保ジャパン美術賞展 」審査員特別賞、13年「アートアワードトーキョー丸の内2013」三菱地所賞など。6月21日から新作を発表する個展をBambinart Galleryにて開催予定。
私の一色 ミディアムマゼンタ 95-C
「アクリル絵具はチューブから出した色が一番きれいなので、そのフレッシュさを保つために混色はしません。中間層の微妙な色を表現したいときはグレーズします。ゴールデンアクリリックスは全色まんべんなく使っていますが、なかでもこのミディアムマゼンタはおすすめですね。一般にパステルピンクの絵具は耐光性が悪いけれど、このミディアムマゼンタは耐光性に優れていて発色もいい。パステルカラーはよく使うので重宝しています。」